2021.10.27
藤原亜季先生インタビュー
~マタニティケアに必要な役割~
天使のたまご代表取締役 女性のための健康医療研究協会代表理事
藤原 亜季先生
株式会社キャリネス代表取締役
一般社団法人女性のための健康医療研究協会代表理事
■保有資格
医学博士、鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師、アロマセラピスト
■所属
母になる女性のための鍼灸マッサージサロン「天使のたまご」
昭和大学医学部生理学講座生体制御学部門
2005年第一子の妊娠・出産を機に、産後まもなく起業。東京・銀座に妊婦専門治療院を「天使のたまご」を開設。
その後、40才を超えてからの不妊治療を経て15年ぶりの妊娠。2021年2月、産科医の夫と共にオキシトシンバースで第二子を出産。
自らの経験をもとに、東洋医学とアロマセラピーを融合したメンタリティに配慮した独自のメソッド゙で、妊娠しやすい心と身体づくり、 妊娠中のマイナートラブルの解消、そして産後のケアまで、女性の健康と美容をトータルにサポート。
現在、妊産婦専門サロンを国内外に8店舗運営。
マタニティケアの第一人者として臨床に携わる傍ら、学術研究や講師活動、妊婦や子ども専用の商品企画および開発、テレビや雑誌などメディアなどでも広く活躍している。
川畑
インタビューを始めさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
藤原先生がマタニティ鍼灸、妊婦さんへの鍼灸に興味を持たれたきっかけや、このマタニティケアの仕事をしていこうと思ったきっかけをお話しいただけますでしょうか?
藤原先生
第一子を妊娠したときに、妊婦さんというのはこんなに大変なんだなと思いました。
身体もあちこち痛くなるし、精神的にも不安定になって、癒してほしいと思うんだけれども、どこに行っても妊婦さんはお断りという状況だったんです。
“少子化”ということで子供を産み育てやすい社会にしようという動きがあるにもかかわらず、妊婦さんを大切にするとか、妊婦さんをいたわるとか、そういう場所が全くないなと感じて、産後6ヶ月の時に開業したという経緯ですね。
第二子の息子が今日で7ヶ月になったのですが、当時は産後半年で銀座にお店を構えていたので、今振り返ればよくやれたなと思いますし、本当にあの時の自分を抱きしめてあげたいと思います。
その当時は本当に辛かったんですよ。
初めての妊娠かつ予期せぬ妊娠だったので、嬉しいとか喜びというよりは、戸惑いとか不安とかが大きくて、この先どうしたらいいんだろうとか。
次から次に襲ってくる“つわり”や“腰痛”などのマイナートラブルも、どこに行っても「そういうのはしょうがないですよ」だとか、「我慢してくださいね」と言われて。
とても辛くて、妊娠を喜ぶというのは本当になかったですね。母親として失格なんじゃないかと自己嫌悪さえ感じました。
そういう中で子供を産んで、もやもやした気持ちというのがずっとあったんですよね。
それで、私と同じ気持ちでいる妊婦さんをいたわる場所を作らないと、日本の社会はどんどん少子化になって、日本の力がなくなっていって、女性の幸福度が下がっていくと思いました。
そこから、妊婦さんをいたわって、100年先の未来に愛をつなげる、ということを掲げて開業しました。
川畑
先生ご自身の実体験からくる衝動からスタートしたのですね。
藤原先生
まさに衝動!笑
本当に“想い”だけで起業したので、経営のこととか全くわからなくて、最初は火の車でしたよ。一家心中も考えたくらいですから!笑
大変な時期は長かったのですが同じ思いで我慢を強いられている妊婦さんたちが必ずいるはずだ、と信じて頑張りましたね。
川畑
ありがとうございます。
自分の体を通して、妊婦さんに鍼灸の有効性や必要性を感じられたのですね。
藤原先生
今思えば、妊娠中の280日間、自分の体が教材になりました。
鍼灸の学校に通っていた学生で3年生の時に妊婦という身体になって、自分で鍼やお灸をしたり、マッサージを受けたりして、妊婦と鍼灸やマッサージがすごく親和性が高いということに気がついたんです。
教員の先生に指導を仰いだり、文献を読んだり、とにかくやってみて、「これは妊婦さんにとって有効だ!」と確信しました。
それから、産婦人科の先生にも色々相談しながら、本当にひとつずつ積み重ねてきたという感じですね。
川畑
先生は今年に久しぶりに出産されて、今度はお客さんとして初めて体験できたのですね!
藤原先生
そうなんです!開業から15年経って、やっと初めてマタニティケアというのを自分で体感して、「こんなにいいものだったんだ!」と改めて実感しました。
定期的にマタニティケアを受けることで、心の状態もすごく良かったし、身体の状態もすごく良かったです。
15年前に感じたマイナートラブルによるストレスが嘘のようでした。
川畑
15年経ってご自身で改めて自社のサービスを受けられるなんて素敵なストーリーですね!
先生が「鍼灸師の学校」で講師を務めていただくのはこのマタニティケアの分野になるのですけれども、この分野では現在ではどんなことが注目されているのでしょうか?また先生が注目されているトピックなどはありますか?
藤原先生
妊娠中というのは色々な不定愁訴が出やすいんですね。
ご存知の通り、つわりから始まり、浮腫、腰痛、肩こりなど。
そういったものってメンタルの影響もとても大きくて、私が第一子を妊娠した時にすごく不安が多かったとか、ストレスが大きかったっていうのが、やっぱり出産にも育児にも影響したと思うんです。
一方で年齢は重ねてはいるのだけれども、今はメンタリティの状態がすごく良いんです。
これが出産とか育児にも影響しているということで、私は妊娠、出産、育児に一番重要な要素が、メンタリティだと思っています。
天使のたまごでは、ただ単に、身体に鍼を刺すとか、痛みをとるというだけではなくて、ストレスケアということを重視して施術をしています。
「ストレスが悪影響を及ぼす」にもかかわらず「妊娠中や産後はストレスを感じやすい」ということから、『鍼治療とストレス』ということに着目して、大学院に進学して研究を進めて学位を取ったのですが、メンタリティの改善というのは非常に重要な要素だなと思って、注目しています。
妊娠中の過ごし方、特にストレスはお産にも影響しますし、育児にも影響することは医学的にもわかっているので、マタニティケアって妊娠期のケアではあるんですけれども、広い目でみて、早期育児支援のひとつだと考えています。
川畑
妊娠、出産、育児にメンタリティが重要というのは、本当におっしゃる通りだと思います。
マタニティケアの領域で、鍼灸という技術はメンタルのケアを含めて特にどのような貢献ができる、強みを発揮できるとお考えでしょうか?
藤原先生
WHOでも妊娠中のつわりや逆子は鍼灸の適応になっています。
コクランレビューという世界の最高水準の医学レビューでも妊娠中の腰痛とか、消化器症状、いわゆるつわりなどですね、こういった症状に効果があると示唆されているんですね。
エビデンスも出てきているので、ただ単にリラクゼーションでストレスをケアすることだけではなくて、心身両面からケアすることができると思っています。
女性が妊娠出産に対して前向きになるとか、出産に対する不安がなくなるとか、もう一人子供が欲しいと思えるとか、広い意味で見ると日本の抱える少子化とか産後うつなども含めて、そういった社会問題にも貢献できると思っています。
特にこのコロナ禍で母親学級がなくなったり、誰にも相談できなくて不安を感じている人が増えています。
妊娠中や産後、最もメンタリティが崩れる原因として、『不安』というのは大きいんですよ。
この先どうなるのかわからないという漠然とした不安、自分の身体や心の変化への戸惑い、ちょっとしたお腹の張りでも、これか生理的に異常のない張りなのかそれとも病院に行かなければならない異常な張りなのかわからないとか。
出血などちょっとしたことでも気になる時期なので、そういった時に相談できる場所っていうのが、私たちだと思っているんですね。
病院に行くまででもないという状況でしっかりケアしてあげるということが重要だと思っているので、コロナ禍での産後うつなどの発症の予防にもなっているのではないかなと考えています。
川畑
妊娠というのは多くの方が初めての経験ですから、不安になりますよね。
ドクターに長時間相談するっていうのは、今の日本の医療ではできないですよね。
藤原先生
そうですね。なかなか相談もできないですし、病院は”異常を見つける場所”なんですよね。
毎回、エコーでお腹の赤ちゃんのすべてを測るとかしないんですよ。
異常があれば測るという感じなので、時間ももちろん短いし、医療処置の必要のないマイナートラブルに関しては「しょうがないですよ」「気にしないでくださいね」って言われて終わることもしばしばなんです。
「“気”のせいですよ」って言われるようなトラブルっていうのは、私たち鍼灸師が一番得意とするところじゃないですか。
そういった意味でも鍼灸は補完代替医療としての親和性がとても高いと思っています。
川畑
おっしゃる通りですね。
先ほど産後うつのお話をされていましたが、先生の治療院の『天使のたまご』にいらっしゃるお客様というのは、もちろん妊娠中の方だと思うんですけれども、産後も通われる方も多くいらっしゃるんですか?
藤原先生
そうですね。産後は大体半年〜1年くらいまでは皆さん継続して通われますね。
川畑
それは安心ですね。ちょっと回復して落ち着かれるまでってことですね。
藤原先生
産後うつの怖いところは、”自覚がない人が多い”ことなんですよ。
自覚がないというのは、お母さんたちは「まだ頑張れます」「まだ大丈夫です」とおっしゃるんですね。
「しんどい」とか「疲れた」とかSOSを出せる人はいいんです。
自覚がないからそのまま放置していて、「大丈夫です」と言っている方がやはり一番リスクが高くて、そういう方が突発的に何かしてしまうというケースは結構多いそうです。
産後うつって10人に1人がなる可能性があって、誰もがなる可能性があるんですけれど、このコロナ禍で4人に1人がなるリスクを負っているとも言われているので、非常に深刻な問題です。
うちに通っていらっしゃる方も産後半年くらいまでと言いましたけれども、産後うつが発症するのは、産後2週間以降から半年がもっとも多いと言われています。
何かしらの変化があればすぐに保健師さんに相談するようにアドバイスもしますし、私たちはそういうところも目を配っています。
川畑
そういう意味でも非常に社会的意義の大きいお仕事だと思うんですけれども、鍼灸師の皆さんが、これからマタニティケアの領域で本気で活躍していく、働いていくというためには、どんな能力が必要になりますでしょうか?
藤原先生
痛みを取るとか、鍼灸の治療をするというのは、正直誰でもできますよね。むしろ、鍼灸師なので出来て当たり前です。
妊娠中や産後は、さきほど言ったようにメンタリティが非常に大きく揺れ動く時期なので、そこに寄り添える人というのが求められるんですね。
私たちマタニティケアリストは、“寄り添う”とか、“伴走する”という言い方をしています。
伴走というのはちょっと先を走りながら、「こっちだよこっちだよ」って言って良い方向へ導いてあげることですね。
例えば「お腹が大きくなってきたから、もうすぐ腰が痛くなるかもしれないよ」とか、「足がむくんでいるから足が攣りやすくなるかもしれないよ」などちょっと先のことを言ってあげて、予防していきます。
お産に向けて「お産ってこういう状況で進んでいくから、こういうことに気をつけていこうね」「産後はこういう生活が待っているから、こういうことに気をつけていこうね」と、ちょっと先の予想図みたいなものを見せてあげて、そこを共有しながら一緒に走っていくということがマタニティケアリストとしての役割だと思うんです。
なので、ただ単に妊娠している身体に鍼を打つというのが私たちの考えるマタニティ鍼灸ではなくて、妊娠・出産・育児というものがどういうものかというのをきちんと理解して、そこに寄り添いながら伴走できる人が求められますね。
求められる能力は、人間力とか、サービス精神だったりですね。
医療というのはサービス業ではないとはよく言われますけれども、サービス精神がないと絶対に成り立たないことじゃないですか。
やはり「治してあげたい」とか、「綺麗にしてあげたい」とか、そういう気持ちを強く持てる人、そういう能力に長けた人が必要かなと思います。
川畑
不安を少しずつ解消してくれるとか、そういう存在がいると本当に心強いですよね。
クライアントの心に寄り添える能力と、それに加えてこの分野の知識は特に知っておいて欲しいなというのはありますか?
藤原先生
妊娠・出産・育児がどういう経過で進んでいくのかということをまず理解していないと伴走はできないですよね。
「今日どうされましたか?」と言ってそれに対応するのは、ただ単に期待に応える満足でしかなくて、それ以上のことを与えてあげないと人はついてきません。
なので、妊娠・出産・育児がどのように経過していくかということをまず徹底的に理解するということが必要です。
生理的・解剖学的な変化はもちろん、メンタリティの変化を理解するというのがすごく重要だと思います。
川畑
ありがとうございます。
先生のところのスタッフさんは、妊娠をご経験されている方もいれば、経験されてない若い先生もいらっしゃると思います。
その先生たちにもそれらの知識を一から教育していくことがスタートになりますか?
藤原先生
はい、そうです。
一般の鍼灸と一番大きく違うのが、クライアントが妊娠しているということですよね。
一般の鍼灸だと、例えば「今日はどうされましたか?」という一言から入ると思うのですが、私たちの一言めというのはそうではないんです。
例えば週数がカルテに書いてあるとして、週数を見て10週と書いてあったら「つわりのピークですね。いかがですか?」だとか。
36週と書いてあったら「そろそろお産が近づいてきましたね。ご不安などはありますか?」だとか、それが最初の一言になるんですよ。
なのでまず週数でどういう症状が現れやすいとか、身体や心にどういう変化が起きているのかということがきちんと頭の中にあるということが重要で、それは経験があってもなくても、同じように持っていなければいけません。
逆に経験があるからそれが邪魔になるということもあるんですよ。
昔のお母さんみたいに、「大丈夫よ、そんなの!」とか。
妊娠が初めての方にとっては辛くて辛くて、私たちが虫歯一本痛くて歯医者に行くようなものですよ。
「そんな虫歯くらいで」と言われたら、嫌じゃないですか。
妊婦さんにとってはそれが100%で来ているから、「辛いよね、痛いよね」と、その思いに共感できることは経験があってもなくても同じことなので、逆に「ないからこそ教えてください」というスタンスも素晴らしい技術者だなと私は思います。
川畑
なるほど、分かりやすい説明でした。ありがとうございます。
先日、私から「鍼灸師の学校」のビジョンをお伝えして、先生が参加してくださることになりましたけれども、どんな想いを持ってこの企画への参加を決めてくださったのでしょうか?
藤原先生
人が動くのは人じゃないですか。
川畑さんがおっしゃるのであればどんな企画でも乗ったと思います!
もちろん自分自身ちょっと中堅の域に入ってきたかなと思っているので、企画自体の鍼灸師さんや後進の育成というのは関心がありますし、そういったものは鍼灸業界の将来の投資かなと思っているので、そこは積極的に協力したいと思います。
川畑
ありがとうございます。嬉しいことをおっしゃっていただきました。
最後に、「鍼灸師の学校」で先生のクラスで学ぶ鍼灸師の皆様にメッセージをお願いいたします!
藤原先生
鍼灸学校で学んだことというのは、あくまで基本、できて当たり前のことで、さらに専門性を高めていくということが我々鍼灸師に求められていく時代だと思うんですね。
私も大学院で研究をしましたけれど、鍼灸にエビデンスが求められる時代になってきていて、世界ではいろいろな研究がたくさんされています。
なので、私たち鍼灸師も常にブラッシュアップしていくということが必要です。
「鍼灸師の学校」のような場所に積極的に参加して、ブラッシュアップをすることっていうのはすごく重要なことだと思います。
仕事や社会に出て求められること、力のひとつというのはやはり積極性だと思うんですね。
受け身になって学生と同じ気持ちになって待っているとか、教えてもらうというスタンスではなくて、興味のあることはどんどん積極的に学びにいくべきだし、自分の知識やスキルをつけていくのは、将来の自分の財産になっていきます。
それには多少お金のかかることかもしれないですけれども、お金も時間も自分の将来に投資をするという、そういう広い視野を持って受講していただけると嬉しいです。
川畑
ありがとうございます!
出産6ヶ月で銀座に開業した先生はやはりエネルギーが違いますね!
先生とお話しすると、自然と心が高揚します。
オンラインでも先生の持つオーラは十分に感じるので、このエネルギーにみなさんにも少しでも触れていただきたいと思いました。
藤原先生、本日はお忙しい中ありがとうございました。