2021.10.22
建部陽嗣先生インタビュー
~正しく読めれば怖くない?論文を臨床に活用~
鍼灸師 量子科学技術研究開発機構 研究員
建部 陽嗣先生
福岡大学医学部医学科中退。明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)卒業。明治鍼灸大学大学院 博士前期課程修了(鍼灸学修士)。京都府立医科大学大学院 医学研究科 修了(医学博士)。鍼灸専門学校講師、京都府立医科大学助教を経て2020年から現職。認知症を早期に発見する血液バイオマーカーの開発・研究をおこなっている。
「月刊 医道の日本」誌において2011年6月~2020年7月(休刊)まで計110回、鍼灸に関する英語論文を紹介する記事を連載。2018年には英国の医師、ダニエル・キーオンが記した著書「The Spark in the Machin(邦題:閃めく経絡)」の訳を担当。
川畑
建部先生、本日はインタビューよろしくお願いいたします。
早速ですが、先生が鍼灸に興味を持たれた、また出逢ったきっかけを教えていただけますでしょうか?
建部先生
私の鍼灸との出会いは、中学生の時に腰を痛めて鍼灸院に行った時に遡ります。
そのときに劇的に効いたのを、その後しばらく忘れてしまっていました。
高校時代はやることや目標がなかったので、親から「目標がないなら勉強すれば」と言われて、医学部目指しておけばどこでも潰しが効くだろうと思って勉強していたら、福岡大学の医学部に合格しまして。
医学部に行ったんですけど、目標が見つからないので辞めることになったんです。
辞めたときに、三重大学の哲学心理学科に編入試験で受かっていたのでそこに行こうと思っていたんですけれども、医学部で解剖などの基礎医学の勉強が全て終わっていて、これを活かさないとそれまでの3年間が無駄になるのかなと色々悩み始めた頃に、中学時代の鍼灸の体験を思い出して、面白そうだと思って明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)を受けたら受かってしまったんです。
それで鍼灸師になったという経緯です。
川畑
かなり間が空いて、中学校時代の体験を思い出されたのですね!
鍼灸大学に進まれてから今に至るまでを簡単に教えていただけますでしょうか?
建部先生
明治鍼灸大学に行ってから、勉強はしていたんですけれども、鍼灸の生きる道が自分の中ではっきりしなかったんです。
西洋医学を医学部でそれなりに学んでいて、西洋医学の方が優秀な点がたくさんあって、鍼灸では太刀打ちできる問題ではない、鍼灸が出る幕がないのではないかと思っていたんですね。
当時はスポーツ鍼灸が流行っていたのですけれども、いざ怪我をして治療となったら西洋医学だろうと思ってしまっていました。
3年生のときに江川雅人先生という先生に出会いまして、パーキンソン病に鍼が効くということを講義でされていて「そんなバカな、難病だろう?」と半信半疑に思いつつ、興味を持ちました。
4年次にゼミを選ぶとなったときにパーキンソン病のゼミはなかったんですけれども、江川先生に「大学院まで行くから、お願いだから勉強させてほしい!」と懇願しまして、無理矢理開いてもらいました。
当時も明治鍼灸の京都駅前センターという鍼灸施設があったんですけれども、患者さんから正規料金をいただくので学生は出入り禁止だったんですね。
それを江川先生から矢野忠先生を説得していただいて、学生の時から治療に入らせてもらっていました。
パーキンソン病に確かに効果が出るというのを実感してから、鍼灸が物凄く面白くなって、大学院でパーキンソン病の臨床研究をやっていました。
ただあるところまでは分かるんですけれども、それ以上治療効果を上げようと思ったらパーキンソン病をちゃんと勉強して知らないとダメだろうということで、京都府立医大の神経内科の大学院に入ってパーキンソン病の基礎研究をして、学位を取りました。
当時、徳田隆彦先生についたんですけれども、パーキンソン病を髄液とか血液とかで簡単に見つける方法というのをずっと研究されていた先生だったので、こういう病気では早く見つけることや簡単に見つけることが、西洋医学がこんなに発達していても時間がかかっているんだということに気づいたんですね。
「早期に見つけるって大事なんだな。」と思って研究をずっと続けました。
学位を取ったときに鍼灸業界に戻ろうとしたんですけれども、当時京都府立医大からも残ってくれと言っていただけていたので、京都府立医大に残りました。
そこでは鍼灸をやりたいということで鍼外来もさせてもらいながら、続けていました。
その後、色々ありまして辞めざるを得ない状況に陥ったので、鍼灸界に戻ろうと思って色々アプライしたんですけれども、全部書類で落とされて、鍼灸のアカデミックに僕は戻れないんだなと思いました。
本当は地元に帰って開業しようとも思っていたんですけども、その時量子研というところに徳田先生が引っ張られると同時に建部も一緒についてきてくれという話をいただいたので、それならもう少し研究してみようということで、それが現状ですね。
川畑
鍼灸大学でパーキンソン病への鍼灸に興味を持たれたのが最初で、そこから現在まで繋がっているのですね。
建部先生は、医道の日本誌や様々なメディアで論文の解説をわかりやすく紹介されていますが、おそらくその数は100を超えていらっしゃると思います。
ご自身も研究をされている建部先生にとって、研究論文を読むことはどのような意味を持つとお考えでしょうか?
建部先生
鍼灸界自体が科学アレルギーのような、エビデンスアレルギーのようなものがずっと蔓延していたと思うのです。
昔は鍼灸の研究者が少ないので、論文自体が眉唾物みたいなものがあったのは確かなんですけれども、ここ10年20年というのは多くの世界的科学者が鍼灸の研究を正規の方法でされています。
臨床で目の前の患者さんをよくしたという奇跡みたいなものと違って、論文というお作法の中である程度臨床の効果を示せるということがあれば、それは鍼灸の信頼性と直結することなのではないかと思います。
私は鍼灸における基礎の動物実験は、不思議で面白いものだと思っているんですね。
鍼灸がなぜ効くのかという疑問に思っていることを、全部解明するのはまだ無理でも、一つ一つに光を与えてくれるものなのです。
基礎研究でわかったことによって患者さんに還元できる。
私は古典より論文の方が好きなんですけれども、実は患者さんにダイレクトにつながっている研究ばかりなんですよ。
論文は患者さんの利益になる正しい情報を判断するために、一番的確な情報をくれるものと思っています。
インパクトのある論文が出た時には、出来る限り皆さんにもお伝えしたいというのがここ10年ずっとやっていることですかね。
川畑
ありがとうございます。
大きく寄与されているなと感じております。
先生は医学部にもいらっしゃって、西洋医学の世界に長く身を置かれていますけど、その中から見て、鍼灸というのはこれからの社会でどのような貢献ができると考えていらっしゃいますか?
建部先生
やはり鍼灸自体は効果のあるものだから残ってきていると思うんですね。
それで世界的に行われている。
補完代替医療の中では世界で群を抜いています。
漢方よりやられているのが鍼灸なので、そういった意味では確実に効果があるから残っている。
ですので、絶対的に国民の健康に寄与できるだろうとは思っています。
私は鍼灸自体が面白い分野だと思っていまして、鍼灸というのは医療とリラクゼーションのちょうど中間にあるというイメージなんですよ。
リラクゼーションは人が豊かに生きるためには非常に大事な要素だと思っています。両方兼ね備えているからこそ、人々の健康に対する最初の一歩目としてとても有用なツールだと思います。
日本というのは予防医療が発展せずに、国民皆保険で来たわけですけれども、今回のコロナで予防がどれだけ大事かということを皆さん実感されたはずです。
予防医療といったことに関して、鍼灸は良さを強く出せると思います。
美容などもそうですけれども、低侵襲でもありますし、医療として行きすぎないというところで鍼灸はすごく有用だと思います。
もっと大きく展開すれば、医療費の削減というところまで論じることができると思うんですけれども、そこまで行くというよりは意識の改革ですね。
国民の健康に対する、医療に対する意識を改革するには鍼灸はすごく良いツールであって、将来的にはそこに期待していますね。
川畑
本当に仰る通りだと思います。
だからこそ、どうやって鍼灸の良さを人々に伝えていくかというところは、「鍼灸師の学校」の大きなテーマのでもあります。
建部先生
美容鍼灸などはそれ自体が鍼灸の入り口になるし、5〜60代の美容は健康と直結しますから、最初にその意識をつけるというのがどんなに重要かというのを大局的に見てほしいというのが僕自身の考えですね。
川畑
ありがとうございます。
論文の話に戻りますが、鍼灸師の皆さんが論文を読んで臨床に活かしていくにはそれなりの能力が必要かと思いうのですが、どんな能力が必要だとお考えでしょうか?
建部先生
まずは正しく読むということが大前提ですね。
また論文には作法があるので、作法を知ることです。
論文を書く側でもあるので分かるのですが、研究者は論文を良いように書いてしまいがちなんですね。
ただ、その中で作法を皆さん守っているので、その論文は何が言いたいのか、どこに要点があるのかということを逃さないということが大事ですね。
読み方をしっかり理解するというのを最初に学んでほしいです。
あとは、臨床試験の場合は現実社会とは少し異なる選ばれた患者を対象に研究しています。だから論文にあることをそのまま臨床に使いなさいというものでもないわけですね。
つまり目の前にいる患者さんに対して、この論文が本当に適しているのかという判断が施術者側に委ねられるわけです。
患者に対して機械的に治療をしている人にとってみたら、論文というのは全く無意味かもしれないですけれども、鍼灸治療自体が機械的治療に適さないといいますか、もともとテーラーメイド的な治療です。
いかに患者さんに合った治療を選択するかというのは、全ての臨床家が毎回悩んでいることだと思うので、論文というのはそのヒントを与えてくれるものや、少し手助けをしてくれるものだというのを実感してほしいわけです。
このクラスでやりたいのは、まずは症例のシナリオを出して、だからこの論文を読むんだということや、この論文のこの部分は実際のシナリオの患者さんとマッチできるかどうかということを考えるところまで共有できたら良いなと思っています。
論文というのは楽しいんだよって思ってもらえれば。
論文で得た知識を目の前の患者さんに活かせるか活かせないかが一番大事なところなので、そこまで皆さんと共有できたら嬉しいなというのは個人的に思っています。
川畑
症例のシナリオで学べるのはとても面白そうですね。
目の前の患者さんにどう活かすかというところまで一緒に教えてくださるということですね。
建部先生
そうですね。それはしたいですね。
毎回シナリオは用意したいと思っています。
こんな患者さんが治療院に来ました。じゃあどうしましょう?
この論文にヒントがあるかもねということで読み始めたいというところですかね。
川畑
聞けば聞くほど面白そうですね!
そうすると、論文が伝えたいことの意味が自然と伝わりそうです。
今回、先生のクラスの他にさまざまなクラスが開催されるのですが、気になるなとか楽しみだなと思うようなクラスがあれば教えていただけますでしょうか?
建部先生
全部臨床に関わるものなので、どれも楽しそうですね。
今まで鍼灸が主戦場としたところは皆さん興味持つと思いますし、絶対的にデータと知識量があると思いますので、粕谷先生のクラスとかですね。
中根先生のウェルビーイングも興味があります。
個人的に世の中で鍼灸とのマッチングがとても多いと思うのが、ここでいうとメンタルヘルス・美容鍼灸・マタニティの3つですね。
メンタルというのが色々なところに影響しているというのがありますし、女性が活躍していく現代社会の中で女性に特化するというところが当たり前のように今はされていますけど、実は10年前20年前というのはそんなに当たり前じゃなかったわけですよね。
そこでいうと美容とマタニティというのがいかに貢献できるかというところですね。
私個人は今後の鍼灸界を考える上では、すごく面白いところだろうなと思います。
川畑
メンタルヘルスや美容、マタニティは先ほどもおっしゃっていましたけれども、入り口として鍼灸の意味が変わりますから良いですよね。
建部先生
将来的に美容やマタニティが発展していくと、今度は男性美容とかですね。
男性不妊は北小路先生の研究でされるようになりましたけれども、今度は男性美容などそういう時代も来るのかなということを考えると男性の入り方も変わってくるのかなと思いますね。
川畑
将来的な展望までコメントいただきありがとうございます。
今回鍼灸師の学校のビジョンは先生にお伝えいたしまして参加を決めていただいたのですけれども、どのような思いを持って鍼灸師の学校に参加いただいたのでしょうか?
建部先生
私は、鍼灸師は良い人が多いと思うんです。
人間的に素晴らしい人材が鍼灸界に多く来ていると思っています。
それを肌で感じているんですけども、その割に世間からの評価が高くならないというジレンマを教員時代に持っていました。
教員時代、学生さんって本当に良い子が多いなと感じていました。
医学部の学生さんと鍼灸部の学生さんとでは、人の良さで言えば圧倒的に鍼灸の学生さんの方が良いと思います。
ただ、何かが足りない。
そう思った時に、鍼灸界で一番足りないのは情報収集力だと思いました。
情報ってどこでどう収集するかというのが大事で、それが世間とずれないというのが一つの大きなファクターだと考えていて、その情報がこの「鍼灸師の学校」では的確な情報としてまとまっていると思います。
自分自身で良い情報を探すことにエネルギーを使わないで済むということは、忙しい臨床に出ている鍼灸師の先生にとってみればどれだけ助けになるだろうと。
それに自分が少しでも力になれることがあるならば、参加してみたいと思ったのが一番の大きな理由ですね。
やはり、色々な考え方があるのが鍼灸の多様性であって、その多様性を否定するわけではなくこれだけ多くの方が賛同した一つのメディアというのは過去にも例がないですから、欲を言えば一つにまとまろうということなんだろうと。
どの世界にも、困ったときに参照するメディアというのが存在している中で、鍼灸界にそれがなかったというのはずっと僕も悩みではありました。
そこに今回チャレンジされるということですので、絶対的に鍼灸界にとって大事なことだと思いましたし、皆さんの利害関係なく集まれる場所、仮想空間であったとしても集まれる場所というのが一つあるというのは素晴らしいことだなと。
それを一緒に作りたい、少しでも力を貸せるなら貸してみたい、チャレンジしてみたいと思いました。
川畑
ありがとうございます。
良い場所にしていくために頑張りますので、お力添えいただければと思います。
最後になりますけれども、先生のクラスで一緒に学ぶ鍼灸師の皆様にメッセージをお願いいたします。
建部先生
論文というのはハードルが高いものだと考えている方も多いと思うんですけれども、実はそうじゃないということを知ってほしいです。
臨床に役に立たないと思っている方もいますけれども、役に立つ、立たないは皆さんのスキルをどう伸ばすかだけで、そのスキルを養えれば論文ほどすごく簡単に臨床に活かせるデータというのは世の中には存在してないと思っています。
皆さんの知識の向上だけじゃなくて、論文を読むことで臨床のスキルが上がるということを実感してもらえるクラスを作りたいと思っています。
それには皆さんの最低限の協力がどうしても必要で、一緒に高め合っていけたらと。
皆さんと良いクラスを作っていけたらと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
川畑
ありがとうございます。とても楽しみです。
私も製薬会社時代、英語論文ばっかり読むんですけど四苦八苦していたんですね。
今の時代、オンライン翻訳が優秀になってきているので、かなりハードルが低くなったのではないでしょうか。
建部先生
この5年の翻訳A Iの能力の変わり方はすごいですね。
私も英語が苦手なのですが、苦手でも読めますし、どこかで話しましたけれども「日経新聞を読むより簡単」って思います。
それから国から支援してもらっている研究は、無料で公開するというのが世界的な流れになったので、結構フリーの論文が多くなったというのが本当に良いですよね。
川畑
色々と教えていただき、ありがとうございました。
建部先生のクラスで学んでいただくことで、論文を正しく読む力をつけて臨床の役に立つスキルを身につけることができると確信を持ちました。
建部先生、お忙しい中ありがとうございました。